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令和7年度第4回人権問題都民講座 フォローアップ企画

印刷ページ表示 更新日:2026年7月22日更新

令和7年度第4回人権問題都民講座
「ジェンダーから多様性社会を見つめなおす -
「男らしさ」から解き放たれた人間関係のための3つのポイント」​ フォローアップ企画​

​小​林美香さんとのトークセッション​

日時:2026年3月19日(木曜日)20時10分から21時00分まで
場所:東京都人権プラザ セミナールーム
内容:男らしさや女らしさにとらわれずに、誰もが自分らしく生きられる社会について、身近な生活や現代社会の問題を中心に、本講座講師・堀川修平さんとゲスト講師・小林美香さんのお二人に語り合っていただきました。

講座情報:ジェンダーから多様性社会を見つめなおす -「男らしさ」から解き放たれた人間関係のための3つのポイント<外部リンク>

出演者プロフィール

堀川修平(ほりかわ・しゅうへい)

埼玉大学 ダイバーシティ推進センター 特定プロジェクト研究員。東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。
専門は、日本の性教育実践と実践者の歴史・性的マイノリティ運動の歴史。さいたま市男女共同参画推進協議会委員(学識経験者)。
主な著書に、『気づく 立ちあがる 育てる――日本の性教育史におけるクィアペダゴジー』(エイデル研究所、2022年)。
『「日本に性教育はなかった」と言う前に―ブームとバッシングのあいだで考える』(柏書房、2023年)。

小林美香(こばやし みか)

東京造形大学、九州大学非常勤講師。国内外の各種学校、機関、企業で写真やジェンダー表象に関するレクチャー、ワークショップ、研修講座、展覧会を企画するほか、執筆や翻訳を行う。
著書に『写真を〈読む〉視点』(青弓社)、『ジェンダー目線の広告観察』(現代書館)、
共著書に『〈妊婦〉アート論 孕む身体を奪取する』(青弓社)、
翻訳書にマイア・コベイブ『ジェンダー・クイア 私として生きてきた日々』(サウザンブック社)がある。

 


司会
「本日は令和7年度第4回人権問題都民講座「ジェンダーから多様性社会を見つめなおす―「男らしさ」から解き放たれた人間関係のための3つのポイント」にご参加いただき、ありがとうございます。これより堀川修平様と小林美香様とのトークセッションを開始いたします。それでは堀川様、小林様よろしくお願いいたします。」

堀川修平さん(以下堀川さん)
「よろしくお願いします。小林さん、本日はお越しいただいて、ありがとうございます。」

小林美香さん(以下小林さん)
「今日はなぜ私が来ているのかということを、最初にお話しします。今日の、堀川さんの講座は「男らしさ」がテーマでしたけれども、私も『その〈男らしさ〉はどこからきたの?』(2025年8月12日発売、朝日新聞出版)という本を出しております。そちらで堀川さんと対談をさせていただいた。その前に、2023年に『ジェンダー目線の広告観察』(2023年9月7日発売、株式会社現代書館)という本を出しているんですが、同時期に堀川さんも『「日本に性教育はなかった」と言う前に ブームとバッシングのあいだで考える』(2023年7月24日発売、柏書房)という本をお出しになっています。割と近い時期に出したんですよね。それで、ある場所でトークイベントをしたのが出会いになります。こんな形でまたご一緒できて本当にありがとうございます。光栄です。」

堀川さん
「こちらこそ、ありがとうございます。」

小林さん
「そんな感じで、親しくお付き合いさせていただいてます。」

小林さん
「これは(スライドを指して)私がいろいろなところで講義をする際に使っているスライドになりますが、お話をしながら、見ていきたいと思っています。今日、堀川さんから教育学が何かということも含めて、「男らしさ」に関するお話を本当に丁寧にしていただきました。学校で行われる教育も、もちろん教育なのですが、私がこの本で書いているような、メディアを通して流通している様々なイメージ、公共の空間で提示されているようなイメージも、ある部分では公共の教育的な機能を担っていると考えています。広告や広報がそのような教育的な機能を担っていると捉えた上で、その中で「男らしさ」といった、ジェンダーの価値観がどのように形成されて、共有されているのかを、最近の仕事では執筆しています。」

ジェンダー目線の広告観察 書籍の画像 

(トーク内での小林美香さんの著作『ジェンダー目線の広告観察』(2023年9月7日発売、株式会社現代書館)紹介)

堀川さん
「まさに今日、私が前半(の講座)でお伝えした、私たちがどのように私自身になっていくのか、どのような人間になっていくのかを考える時に、「らしさ」が学校教育とか、家庭教育という教育だけじゃなくて、本当にいろんな場所や空間、環境で影響を受けるという話が、この本に凝縮されているのだと思います。」

小林さん
「ちょっと私の本の話になってしまいますが、堀川さんの話にも関連しているので、お話ししたいと思います。私は元々美術とか写真の仕事をしてきた経験が長いんですが、2010年代末から広告を意識的に見て、分析して書くようになった経緯があります。前提としてお話するんですが、広告の話をされる方ってマーケティングとか、そういう実践、実務に関するお話をされることが多いと思うんです。でも、私の場合は、あくまでも表現としてどう見ているかという、受け手の問題として捉えているということです。広告はやっぱり効果的に伝える、短時間で伝えなければいけない表現なんですけど、その一瞬で効果が測定されるんです。それが多くの人に訴求すれば、購買行動につながるわけですが、そのことと見る人にジェンダーのステレオタイプを植え付けることが、同時に起きているんです。そこのバランスを考え直すとか、そのステレオタイプを植え付けているのがいけない、ということだけでもないんです。私が広告をどういうふうに見ているかというところから、かいつまんでお話をしたいと思います。コミュニケーションの問題として、広告をどう見るのかということなんですが、言語活動、コミュニケーションって言うと、文字とか口頭のことを言うことが多いかもしれません。でも、私は広告を見て、そこに形成されているジェンダー表現が視覚的な言語としてどのように受け止められているかに、とても強い関心を持っているわけです。」

〈某ビールSの画像がモニターに映し出される。〉

小林さん
「例えば、私もこのS(某ビール)、実家でもよく買っていましたし、よく飲みます。ただ、物を欲しいと思うということは、その物を見るだけで、欲しいということになるわけではないということです。」

堀川さん
「このS(某ビール)の缶だけ見て、欲しいというわけではないんですね。」 

小林さん
「水滴がついているとか、泡が出ているとか、そういうエフェクトがすごい大事なんです。そこに広告の写真における、いろんな人の技術が結集しています。それに加えて、消費している行為を映すのが、広告になったりします。そのあたりにジェンダーが関わってくるんですね。」

〈某ビールSの2パターンのCM画像がモニターに映し出される。左側は男性向けのCM画像で、右側は女性向けのCM画像。〉

小林さん
「例えば、男性と女性(がそれぞれ出演している、某ビールのCM、2パターン)のコントラストなんですが、(左側のCM画像では)男の人がスーツを着て、重いジョッキを持って、居酒屋で乾杯というシーンが描かれています。一方で、女性たちは、もうすぐ花見シーズンですが、花見の場面で缶を持って、パステルカラー調の空間の中で、乾杯と言っているんです。同じ商品でも違うよねというところから、お話をしたいと思います。」

堀川さん
「これ、文字も違うんです。同じフレーズが、違うフォントで書かれているんですね。」

小林さん
「そうなんです。そうすると男らしいとか、女らしいっていうのは、人そのものに実装されているというよりも、エフェクト、演出の問題ということになりますよね。そこを考えましょうということなんですね。同じ文言なのですが、太ゴシックで斜体がかかると、太い声で言っている、ボイスロゴで言っている感じになります。「〇〇〇〇〇〇〇〇(商品名S(某ビール名)をCMで叫んでいます。)」というのがあるじゃないですか。太い声のボイスロゴで聞こえてくるわけじゃないですか。そのように私たちが見ているものを、言語に翻訳して、それに価値観を刷り込ませているという話になるんです。そういうことについて細かく分析して書いているのが、私の本なんですね。私はいろんな事例を観察して、そこにあるジェンダーが影響するものを捉えて、いろいろ書いてきています。そういうことをしながら、大学とかで教えています。学生に広告観察をしてもらって、見つけた広告について、ジェンダーがどう表現されているかを記述してもらっています。私は広告ハンターと呼ばれていますが、(大学の授業は)ハンター養成みたいなものです。それで、どういうところに観察対象があるかとか、どういうところが見どころかということを話すんですが、学生は本当によく観察してきます。」

〈某音楽配信サービス(左側に2パターン)と某美容整形(右側に2パターン)のCM画像がモニターに映し出される〉

小林さん
「例えば、左側は音楽の配信サービス(某音楽配信サービスの男性と女性がそれぞれモデルになっている2枚のCM画像)ですけど、人にフィルターをかけているわけです。女の人には暖色、男の人にはブルー、寒色ですよね。右側は二重まぶたの整形手術(某美容整形の画像で、それぞれ男性と女性がモデルになっている2枚のCM画像)です。同じサービスなんですが、文言とか、キャッチコピーとか、どこか違うよねとなります。男の人の場合は具体的な数字とかを出しますが、女の人の場合は比喩表現が多くなるんです。このような広告はネットとかを見ていても、目の端っこに入ってくるんですが、そこをあえて留めてみるということです。」

堀川さん
「なるほど。ネットの端の方にある広告なんかが、無意識に刷り込まれているんですね。」

小林さん
「バナー広告だったりするわけですが、それが脳内にどうやって入ってきたのか、そのプロセスを意識してみましょうということを授業などで話しているんですね。」

堀川さん
「今日の(講座の)教育の話と重ねると、作り手の人たちは狙いがあって作っていると思うんですけど、ジェンダー化しようという狙いがあるかもしれないし、作り手に無自覚にジェンダー観があって、それが反映されちゃっているかもしれないですね。」

小林さん
「やっぱり広告とか、そこでのいろいろな表現って、ステレオタイプでもあるんですけど、訴求しやすい方法の方が伝わりやすいんです。そういう表現はずっと繰り返されて、再生産されていくものですが、そのこと自体は悪くないんです。そうなっていることを意識しようねという話なんですよね。それが前提なんですね。私は2023年の本(『ジェンダー目線の広告観察』株式会社現代書館)で書いているんですが、脱毛の広告からジェンダーの表現を考えるようになりました。それで、体毛ってすごい面白いなと思ったんです。体の一部じゃないですか。堀川さんのステキなロングヘアも、堀川さんの一部ですよね。でも、体毛って不思議なもので、その人の一部なんですけど、それがポツッと切れたら、もうただの物質ですよね。」

堀川さん
「そうですね途切れた瞬間に。」

小林さん
「堀川さんが1本毛を抜いたら、元は堀川さんのものだったけれど、抜いた時点で人への属性はなくなるというか、(堀川さんから)離れていきますよね。でも、シャンプーとか、ヘアケア製品、脱毛なんかの広告を見ると、ジェンダーというものがものすごく濃縮されて、表現されているように感じるんです。例えば、皆さんもドラッグストアによく行かれると思います。」

堀川さん
「私、大好きです。」

小林さん
「大好きですか。商品とそれのキャッチコピーを含めて、宣伝するためのポップとかよくあるじゃないですか。売り場を観察してみると、すごくいろんなことが見えてくると思います。」

〈某柔軟剤のCM画像がモニターに映し出される。左側2パターンが女性向けで、右側3パターンが男性向けのCM。〉

小林さん
「例えば、柔軟剤です。男性と女性で分けてみましたけれど、(左側の2枚は)女性のタレントさんが起用されていて、花の香りとかふんわりと漂ってくる素敵な香りの表現なんですね。(右側の3枚を指し)男性の場合は、臭いを消すなんです。」

堀川さん
「確かに…。」

小林さん
「そうすると、男の人とか、男の人の体が雑に扱われる問題にもつながるんです。身体嫌悪的なんですね。」

堀川さん
「あぁ…匂いに対して、どうブロックするか、抑えるかとかが求められるんですね。」

小林さん
「男性の身体が、消去されるべき臭いの源泉としての身体になるんです。」

堀川さん
「ポジティブに自分の身体を捉えようという仕組みが、もう広告の中にないですよね。」

小林さん
「体臭とか香りのところで、ジェンダーが強烈に出ていると思います。」

堀川さん
「うーん…確かに。汗とかそうですよね。汗の臭いとかに男らしさが結び付けられるんですね。」

小林さん
「そうですよね。やっぱり消すべきものの源泉になっていると思うんです。私は男らしさとケアの問題をそこに紐づけて考えなきゃいけないと思ってるんですね。」

〈某シャンプーのCM画像が映し出される。左側3枚が女性向けCMで、右側3枚が男性向けCM。〉

小林さん
「それから、髪の毛です。シャンプーとかの話なんですけど、ストレートヘアの若い女性が髪を風になびかせる、フワッという定型的な(広告の)表現があるんです。それに対して男性はカチッという感じ(の広告表現)ですよね。フワッというのと、カチッというのですよね。でも、どちらを使って、髪を洗ってもいいと思うんです。皆さん、ご家庭で生活されていて、複数の人で生活されていたら、シャンプーは共通のものを使いますか。どうなんでしょうか。」

堀川さん
「実家は(家族で使うシャンプーが)違いましたね。お姉ちゃんとか、お母さんのものと、男どものものみたいに分かれていました。」

小林さん
「分けていらっしゃる方もいれば、同じものを使うという方もいると思うんです。でも、男性と女性の(広告での)起用で、シャンプーは分けられているものだと思うんです。たまたまどちらかが切れていたら、ある方を使うということはあると思います。」

堀川さん
「僕、髪の毛が肩につくぐらいの長さなんですが、男性用、女性用ではなく、長い髪の毛に適したシャンプーを選ぶことが重要なんです。ただ、こういう髪の毛の長い方たちが使うシャンプーのデザインは、性教育やジェンダー論の研究をしていても、レジまで持って行きづらいです。あなたが使うんですよねと、多分、レジの方は思うんでしょう。だから、ドラッグストアとかでかわいいデザインのボトルとかを持って、成分表示を見ると、結構周りから、「え?」みたいな感じに思われる。この人、男なのになんでここにいるのと思われているのが、なんか申し訳ないと思ってしまいます。」

ほりかわしゅうへいさん(堀川修平さん)

〈某シャンプーの4パターンのCM画像がモニターに映し出される。4パターンとも男性が出演している。〉

小林さん
「もうちょっと付け加えますと、昨今、メンズ美容とかには中性的なジェンダーレスっていう表現があるわけです。そういう表現では、男性のモデルで女性に訴求するというか、アイドルや美麗な男性が広告に起用されて、流し目をして下から見上げてくれるんです。これも異性愛規範というものが前提にあるんです。これを見て、この男性が自分を見てくれていると思えるかどうかが、広告の訴求力として受け止められるなるんですね。」

堀川さん
「これはいわゆる女性向けとして売られているものなんですか。」

小林さん
「どうなんでしょう。まず、この方を応援している人が欲しくなるように、考えたのではないでしょうか。」

堀川さん
「推し活みたいな形で、この方が言ってるんだから、買おうみたいなことになるんでしょうか。(シャンプーの)成分云々ではなくてということですか。」

小林さん
「そうかもしれないです。自分の身長を言いますけど、160センチぐらいなんです。大体男性アイドルの方は、女性よりも背が高いという前提があるじゃないですか。自分よりも背が高いはずの人が、自分に対して上目遣いをしてくれるって、立っていたら成り立たないんですよ。」

堀川さん
「相手が立ってたら、成り立たないですね。」

小林さん
「堀川さんは、上背がありますよね。」

堀川さん
「私は身長が182センチあります。」

小林さん
「その身長では、私に対して上目遣いは、成り立たないですよね。」

堀川さん
「自分が(身長が)上だからですね。」

小林さん
「その(推しの男性が、身長が高いという)前提で、私には甘えた感じで言ってくれるという訴求でもあるんです。」

堀川さん
「いわゆる表現として、媚びるという言い方がいいかわからないですけど、おもねるようなというか…。」

〈某雑誌の表紙画像が4パターン、モニターに映し出される。4パターンとも男性モデルが横になっているもの。〉

小林さん
「それ(媚びる、おもねるという表現方法)についてもう少し言うと、雑誌の表紙で、女性向け雑誌で、男性が寝かしつけられているのが結構あるんです。」

堀川さん
「全然気にして見てなかったです。」

小林さん
「本屋さんとか雑誌コーナーに行ってください。これは編集者の友人から聞いたんですが、「彼氏感」というらしいです。この体勢(雑誌の表紙の中で、男性モデルが横向きに寝ている顔を指して)、推しが私の前で甘えた感じで、無防備な姿をさらしてくれているのを彼氏感というんだそうです。(雑誌の表紙の中の、男性モデルの目線を指して)こういう流し目訴求ですね。」

堀川さん
「こういう表現が多いんですね。」

小林さん
「こういう(「彼氏感」の)表現の流れの中に、こういう(シャンプーの流し目をして下から見上げてくれる)広告が使われているということですね。」

堀川さん
「後発というか、こっち(シャンプーの流し目をして下から見上げる表現)が後なんですね。雑誌の方が先なんですね。」

小林さん
「雑誌的なこととメンズ美容と、メンズ美容に出てくる男性像の形成のされ方と・・・。」

堀川さん
「すごく相まっているわけですね。」

小林さん
「そう、つながっているところがあるわけです。そういうふうに見ると、ドラッグストアがめっちゃ楽しくなります。(シャンプー等の)パッケージを見たり、本屋で雑誌の表紙を眺めたりするのも楽しくなります。」

堀川さん
「購入しないと何だろうと思われるんですけどね。購入しつつ、用事があるときはゆっくり見てみるという。」

小林さん
「シャンプーやコンディショナーという、ただの物質を私たちは買っているんじゃなくて、誰が誰に向かってどんな効果で伝えようとしているのか、そういう関係の中でファンタジーとして消費しているんだと言えます。」

堀川さん
「つまり誰が使っているとか、誰が広告になっているかで、何かを買うのに、価値が一つ加わるわけですね。」

小林さん
「そのようにスーパーやドラッグストアを見ると、あちらこちらにジェンダーの表現があるわけです。」

堀川さん
「それだけ知らず知らずのうちに、身近のいろいろなところで、いろいろなものがジェンダー化されているというか、ドラッグストアとかスーパーがもう身体化してしまうような装置になっているんですね。」

小林さん
「買い物に行くと、買わないのに長くいる。最近またスーパーで見つけたんですけど、M(某男性用シャンプー)って知ってますか。M(某男性用シャンプー)というヘアケア製品のブランドがあるんですよ。」

〈某シャンプーMの5パターンのCM画像がモニターに映し出される。〉

堀川さん
「ご存知の方いらっしゃる。」

小林さん
「電車の広告でも、窓に貼ってあったりしますよね。これはかなり男らしい訴求です。」

堀川さん
「確かに。」

小林さん
「パッケージをみると、「諦めるなよ、男だろ」と縦書きで書いてあるんです。」

堀川さん
「これは何の諦めなんでしょうか。」

小林さん
「育毛成分というものが含まれている。だから、抜け毛とか加齢に対して何か起きてくる場合や、薄毛対策とか、そういうことに対して、「諦めるなよ、男だろ」と言われながら、買うんですよ。」

堀川さん
「なるほど、励まされているということですね。」

小林さん
「励ましと、脅しが男の人に迫ってくる。男だろと言ってくるんです。」

堀川さん
「僕が今日、話したことから抜けていたところですね。脅しという側面はあまり見てなかったですね。」

小林さん
「励まし、イコール脅しであるわけですよね。」

堀川さん
「頑張れるだろうと言う感じですね。」

小林さん
「それがパッケージになったのがこの商品(某男性用シャンプーM)ですね。起用されるタレントの方も、割とそういう押しの強い感じというか、ワイルドな感じの方になります。」

堀川さん
「なるほど。」

小林さん
「K(某ロックバンド)のメンバーの方とかが出演していますが、オス味が強いという形容詞がありますが、中性的で華奢な感じよりも、その時代の中の男っぽい感じです。漢字の「漢」で、男という感じ。Y(某俳優)さんなんかもそうですね。」

堀川さん
「同じシャンプーでも先ほど出ていたタレントさんとは、違う使われ方をしているわけですね。」

小林さん
「そうです。今は(流し目をして下から見上げている)こういう綺麗な男の人もいいよねという人もいれば、男らしさがビジュアル化されてますけど、俺はワイルドなこっちの方がいいという人もいます。俺と僕(という呼称)の関係かもしれないですけど。」

堀川さん
「いやぁ、なかなか普段、そこまで考えてないですね。」

小林さん
「いや、私が異常なほど注意して見ているからだと思いますけどね。ハンターなので。」

堀川さん
「見ていると、おもしろいですね。街中を歩くのが面白くなりますね。」

小林さん
「街中を歩いていて、広告を見て(回って)、見つけたと思うわけです。」

堀川さん
「表現って本当に一つの成果ですよね。何が目的として作られているか、どんな目的でそれが商品、成果物として出てくるんだろうか考えると、ターゲット層が本当に明確というか、買う人に対しての狙いが明確なんだなと思いました。明確だからこそ、売れるのかもしれません。」

小林さん
「そうですね。では、CMを一緒に見ましょう。」

堀川さん
「CMもご専門の範疇なんですね。」

小林さん
「そうです。スキンケア、ヘアケアという部分で、男の人を雑に扱う問題の話をしましたよね。雑な扱い方は、男らしく髪を洗うかとか、男らしく顔を洗うかというところにもあるわけですよ。」

堀川さん
「そんなところにまで「男らしさ」が出てくるんですね。」

小林さん
「あります!こういう本を書くぐらいなので、懸念というか、すごく嫌だ、何なのこれと思ってたものがずっと私にはあるんです。それが含まれているCMを一緒に見たいんですけど。D(某医薬品)という商品がございます。私がずっと感じていた、これに対する感情が何なのかということをお話しします。」

堀川さん
「今日、ご参加の方の中にも、ご利用されている方もいるかもしれませんが。」

小林さん
「(何人かが)うなずいていらっしゃる。これは男の人の集団のCMなんですが、私はすごくバカとエロの大縄跳びにあてはまると思っているんです。股間って(言葉を)みんなで言うんですよ。「夏は股間が痒くなる、痒くなったらD(某医薬品)、掻かずに治そうD(某医薬品)」という歌で、ずっと放送してますよね。夏前になると、梅雨時になると、放送しています。うなずいてらっしゃる方もいらっしゃいます。」

堀川さん
「皆さん目にする機会もあるかもしれません。」

〈某医薬品のCMを鑑賞する。〉

小林さん
「これに対する嫌な感じというか、何なのこれという気持ちがあるところに、(私が執筆した)本の原点があると思っています。体の痒いとかつらいとかは、あくまでも本人が痒かったり、つらかったりするわけです。でも、女性向けの商品で、集団で痒くなるとか言わないんですよ。」

堀川さん
「確かに言われてみると、見たことないですね。」

小林さん
「あなたの体のつらさは、あなたのものだということじゃないですか。」

堀川さん
「すごく丁寧にケアする表現になりがちじゃないですか、痛みや痒みって。」

小林さん
「股間が痒いとかっていう恥ずかしい、人前で言えないことをみんなで言おうという表現なんですね。甲子園の応援みたいな・・・、この学校感とか、男の人の集団にさせられる感じの、この表現は何なのだろうと思うんです。」

堀川さん
「ちょっと家に帰って、繰り返し見てみたいと思います。」

小林さん
「本当にこういうのが多いんです。私は男の人の、チームスポーツというものに基本的にあまり興味がない。ずっと興味が持てないんですけど、男の人が集団で盛り上がること自体が良きこととして称揚されるのです。それがもう何かよく分からない。」

堀川さん
「いやぁ、私自身、肌がすごく弱くて、こういう塗り薬とか使うんです。でも、言われないとさっと流していましたけれども、確かに痛みとか痒み、困り事を笑いに変えないと、表現できないのだろうかと思いました。」

小林さん
「つらいことを笑える、強さみたいな感じ。笑いというか…。」

堀川さん
「痒みとか笑えないんですよね。」

小林さん
「つらいよねと思うよね。」

堀川さん
「確かに、こうしないと(表現しないと)受け止められない人もいるのかなと思いますね。」

小林さん
「なんでこういうコミュニケーションになるのかなと、ずっと思っていたんですよ。」

堀川さん
「確かに今日の、バカとエロの大縄跳びじゃないですけど、そうすることで、商品が欲しくなる人も中にはいるのかもしれない。でも、そのメンタリティって何だということになりますよね。」

小林さん
「男の人の集団で盛り上がることが、コミュニケーションのベースにあって、集団で盛り上がれば、つらいことや、コンプレックスも言えるというふうになっているんだと思うわけですね。もう一つですが、これはヘアケア(某ヘアケアシャンプー)のCMです。」

〈某ヘアケアシャンプーのCMを鑑賞する。その後、静止画像がモニターに映される〉

小林さん
「(某シャンプーのCM上の言葉を読んで)髪を鍛えろ・・・。」

堀川さん
「髪まで鍛えなきゃいけないんですね。」

小林さん
「「毛根スクワッド」と私は呼んでいるんです。そういうこと(毛根をスクワットするということ)じゃないんだけど、髪を鍛えろと言う。(CMの出演者を指して)N(某スポーツ選手)さんというボクサーなんですけど、20代半ばなんですよ。それぐらいから薄毛対策をしろよと、(CMでは)周りから詰め寄られるんですね。」

堀川さん
「いわゆる、男磨きみたいなことの一つということですよね。」

小林さん
「薄毛や毛が抜けるかもということに対して、20代で気になる人はいると思うんですけど、それをケアすることが「鍛えろ」という表現になります。」

堀川さん
「下に本当に小さい字で、米印があって、「髪にハリ、コシを与えること」と(CMの画面に)書いてあります。それを鍛えろというわけですね。」

小林さん
「それで、後ろに富士山があります。男の人は、(私の)本にも書いていますけれども、世界とか日本とか、一生とか、スケールの大きいものと一緒になりがちです。」

堀川さん
「それも気にして見てみます。そういうことがあるんですね。」

小林さん
「あります。あります。」

堀川さん
「何か暗喩というか、メタファーみたいですね。」

小林さん
「1人の体のことのはずなのに、ちょっとスケールがバグっているような、でかいものと一緒になるということが、男の人には結構あります。」

堀川さん
「さっきの私の講座の中でもお話ししましたが、男女が何を指すかということはありますけれども、男女を逆にしてみたら成り立つ表現なのかといったときに、これはなかなか成り立たない表現なのかなと思います。」

小林さん
「(女性の場合は)CMとかで、シャンプーとかで体を露出する場面をそんなに見せられないわけですけど、集団で髪を洗う女の人は見たことがないんですよね。」

堀川さん
「確かにそういうCMは僕もほとんど記憶にないです。」

小林さん
「もう一つ、雑に扱ってよし表現があるんですが、I(某俳優)さんがデオドラントシャンプーとボディーソープの広告に長く出演されています。I(某俳優)さんはワイルドで、かっこいい感じなんですが、強い人は手荒に扱っていい表現になるんですね。洗車マシーンみたいなのが出てきて、「男のニオイを洗濯せよ」って。洗濯なんですよ。」

〈某デオドラントシャンプーのCMを鑑賞する。〉

堀川さん
「笑っていいのか、笑っちゃいけないのかわからないですけど・・・、皮膚の弱い私からするとすごいなって思います。」

小林さん
「I(某俳優)さん、今50代だけれども、私よりちょっと年上ぐらいの人です。40代ぐらいからの中年層に対して、すごく訴求する表現と人選だと思います。40代ぐらいから見ると、鍛えていて、衰えを感じさせない体でかっこいいんです。一番訴求するというか、このターゲット層にささる人選だと思います。」

堀川さん
「(I(某俳優)が出演しているCMの水しぶきを見て)水しぶき・・・。」

小林さん
「男の人は水圧が違う。」

堀川さん
「なるほど、匂わないんですね。」

小林さん
「ケルヒャー(ドイツの高圧水蒸気)並のすごい水圧で、汚れが根こそぎ取れるよと表現しています。これは単体で、I(某俳優)さんが出演しているんですけれども、男の人の理想像的なCMでは、集団が形成されます。それが、2020年…最近(の某俳優Iが出演している、某シャンプーのCM)なんですけれども、集団で合唱します。軍隊的なものですね。」

小林さん
「笑っちゃうんですけれども、きついんです。」

堀川さん
「ベートーヴェンの歓喜の歌のもじりでしょうか。」

小林さん
「一人で英雄的なものもあれば、集団でやるというCMもあります。これは多分、(俳優Iが)50代になってらっしゃる。さすがですよね。」

堀川さん
「年とともに、訴求する年齢層が上がっていくということでしょうか。」

小林さん
「年齢層が上がっても、I(某俳優)さんかっこいいなとも思いますよ。鍛えていらっしゃって、かっこいいというか。そういうふうに思えるように作られていると思います。」

堀川さん
「私も(専門が)教育とか言ってますが、教育を取りまく私たちの身近な文化にもちゃんと目を向けておかないといけないなと思います。」

小林さん
「そうですね。そういうもの(広告やCMのジェンダー表現)がすり込まれていて、商品とともに、その価値観を買い続けているということは事実としてあります。それぞれの演者さんに対してはすごい素敵だねと思っています。でも、こういう(ジェンダー表現がすり込まれる)演出で作っているねと、同時に思ってしまいます。」

堀川さん
「ありがとうございます。感心しちゃって言葉が出てこないです。今日の話じゃないけど、バカとエロの大縄跳びに引き付けて考えると、どう訴求するのかということが、男性に求められるものと、女性に求められるものが、ここまで変わってくるのかと思いました。学校教育以上に、長い時間を過ごす日常生活の中で、目にする機会があるもので、(さまざまなジェンダー表現が)描かれているんだなと思います。今の世代の方たちは、あまりテレビを見ないという方もいらっしゃる。学生さんってテレビとかドラマの話をしても、見ない方が多いんです。インターネットの中で流れてくるCM、それも結構独特かなというふうに思います。」

小林さん
「そうですよね。CMの全部を、フル尺で見ることがなくなっているかもしれません。それでもたくさん、特定の人にターゲット化された広告があるんですね。体に関わる広告って、一番スマートフォンとかに多いんじゃないですか。」

堀川さん
「そうですよね。あと、よく学生との話で出てくるのは、電車の広告、特に中吊り広告って最近は減っていたりもしますけれども、(電車の)ドアの横とかに貼ってあるもの(広告)もあるんですよね。皆さんどういう交通手段で来られたかわかりませんが、私は車の免許を持っていないので、基本的に電車で移動するんです。この時期(卒業や入学の時期)、これから脱毛系が増えるんでしょうか。(3月の終わりは)もう遅いんですかね。」

小林さん
「脱毛の広告は減っていますね。もう脱毛よりも美容整形の方が多いかもしれないです。」

堀川さん
「そうですか。」

小林さん
「うん。脱毛サロンとかクリニックは結構倒産したんですよね。過当競争やコロナ渦の影響というか、それもあって・・・。」

堀川さん
「なるほど、見るもの(広告)が変わってくるんですね。」

小林さん
「変わってきている。(最近は)AGA(薄毛治療)とか頭髪関係が多いですね。」

堀川さん
「なるほど、植毛の方ですね。」

小林さん
「(脱毛の広告で)抜きすぎて、こんど(毛髪を)生やす(広告)になってるかもしれないです。(広告で)体毛を循環させているわけですね。」

堀川さん
「ジェンダーによって扱いが変わって、同じ毛なのに尊ばれる毛と尊ばれない毛があるんですね。」

小林さん
「その対応に対する意識というものが一番、人の行動を促してしまうということでもありますよね。そういうふうに、私はハンターなので、獲物を狙う、そして仕留める。そして、また追跡して、周辺を確認するみたいなことをしながら、分析をしておりますね。」

堀川さん
「広告はどんどん出てくるでしょう。ジェンダー的な視点で見るときに、よいものが何を指すかは考えなければいけませんが、ジェンダー的な視点で見て、何かバランスが良いものがあれば、すごく再生産されていくという側面もあるのかなとは思いました。」

小林さん
「そうですね、でもなんて言うのかな。世の中いろいろ変化はしてはいるとは言え、変わらないものとか、相変わらずだなと思うものもたくさんあるわけです。今日、ここは東京都の施設なわけですけれども、東京都の広報の話をしたいと思います。」

小林さん
「バカとエロの大縄跳び的なところがあるんです。東京都と警視庁が女性の性加害や、児童買春に対する啓発の広報として作っています。これはC(某スポーツ選手)が彼よりも年下と思しき後輩核の男性をドヤすという内容になります。」

堀川さん
「皆さん、ご覧になったことってあるんでしょうか。」

小林さん
「歌舞伎町のビジョンで1月ぐらいに放映されていたそうです。これも続けて、二つ見ていただきたいんです。(某スポーツ選手Cが)「馬鹿な真似は絶対するんじゃねえぞ」っていうんです。」

〈男性への啓発と推測される、東京都の某CMを鑑賞する。〉

小林さん
「この表現の一つの意義としては、加害行為性というものを描こうとしている。それは一つの挑戦ということで、評価されるべきという意見もあります。もう1本のCMは、被害者側というか、性売春にあわないようにという女性側への啓発の内容になっています。」

〈女性への啓発と推測される、東京都の某CMを鑑賞する。〉

小林さん
「(東京都の男性への啓発と推測されるCMについて)男性性と性の問題と、その描き方の部分で、二つお話をしたいんですけど。C(某スポーツ選手)がこうやってどやすというのは、正論おじさんなんです。強く言うのは年長男性という前提があるんですけど、男の人が強く言う、説教するというのは、警視庁の広告によくあるパターンなんです。先輩おじが後輩おじに詰め寄るというスタイルです。」

堀川さん
「なるほど。いわゆる男性同士の教えということですね。」

こばやしみかさん(小林美香さん)

小林さん
「教えということなんですけれども、それ(児童買春)は犯罪だよとか、加害行為だよというわけですけれども、「脅される、さらされる、逮捕される」って、(CMに出演している)この男性が被る被害的な動きなんですね。そして、仕事や、家族といった大切なものを失うから、やめろなんですね。だから、「馬鹿な真似は絶対するんじゃねぞ」というのは、加害行為という馬鹿な真似じゃなくて、「社会的立場を失うような」ことをしてはいけないということですね。」

堀川さん
「そこが不思議なところですよね。動画を見ていても、自己の加害行為に向き合うんじゃなくて、それが世の中で駄目だと言われているから、やめなさいという、恥の文化ですよね。」

小林さん
「罪じゃなくて、恥なんですよね。」

堀川さん
「怒られるからやめろとか、子どもっぽい話かもしれませんが、それと変わらない…。」

小林さん
「そういうふうなコミュニケーションになっちゃうんですね。もう一つだけいいですか。逆に女の人の目線から見たいんですが、(女性への啓発と推測される東京都の某CMについて)ここの男性像って多分、AI生成画像なんですよ。ジェネリックイケメンと私は呼んでいるんです。つまり、女の人がこういう男性の誘惑に騙されちゃう。あなたが悪いのよってなってしまうんです。」

堀川さん
「すごく自己責任化してますよね。」

小林さん
「そういうのを東京都広報が作っていて、税金を使って、作られている価値観に問いがないというのは、私は問題だと思います。」

堀川さん
「私も性教育の立場から、今日、最後に包括的性教育という話をしました。ポイントの一つでもあるんですが、教え方として「脅し」を用いないというのが大切なんです。なぜかというと脅しって、短期的には効果的に見えるんですよ。ただ、「脅し」という刺激にもだんだんと馴れてしまって、徐々に効かなくなってきてしまう側面もあるので、だんだんと「脅し」の内容が過剰になってしまうという問題もあります。加えて、「脅し」によって怖がらせるというのは、結局そのような「怖い内容」は考えないようにさせてしまうという問題もあります。例えば被害に遭っていても、考えないようになることで、より深刻な状況になることもあります。今、この啓発動画を観させていただいて、怖いなと思ったというか、やっぱりこんな大変な目に会うよと煽ることで、一瞬効果が出て、一瞬行かないようにしようという子も出てくるかもしれない。でも、社会問題やその人の人権問題として捉えるときに、必ずしも効果的ではないだろうなと思います。でもこれに飛びついちゃう気持ちも分かるんです。これを見て行かないでおこうという気持ちにさせるあたり、怖さを煽られるということですよね。」

小林さん
「だから、こういう広報もある種の教育の効果があって、訴求もするし、そこでやめとこうってなるかもしれないんですけれど、問題の根本を考えさせないようにし続ける表現だなと思っています。ここから本当は変えていかなきゃいけないんですよね。」

堀川さん
「そうですよね。私はやっぱり、こういう啓発の動画や資料って、どうしても教育の側面から見ることが多くて、どういう効果があるのかなということを気にしちゃって…。今日、前半に出た広告については、私は啓発ではないと思うのですけれども、これって何を意図して作っているんだろうって、結構気にして見ることが多かったです。今回のこれ(東京都と警視庁のCM)を見たときに、この問題をどう考えさせるのかという、啓発としての狙いがあるんでしょうけれど、方法としては問題や課題があると思いました。どれぐらいの人がこれを見て、ちゃんと問題を考えようと思うのかというと、やっぱり怖い問題だから考えないようにしようというボックスに入っちゃうんだと思います。」

小林さん
「そう。(考えないボックスに)入れてしまうようになっちゃう。」

堀川さん
「これを繰り返し見ようという人はあまりいないかもしれない。もしかしたら、いるかもしれないけれども、1回見て、怖いというイメージで、どこかに頭の隅に置いちゃうかもしれない。」

小林さん
「結局、C(某スポーツ選手)に怒られちゃうんです。」

堀川さん
「これを見ても、あなたの人権侵害行為が問題ですじゃなくて、世間一般的に悪いことだからやめましょうというと、自分自身の行為に向き合わなくて済むんですね。」

小林さん
「そうなんです。だから、こういった広告とか広報の問題として、ある部分、いわゆる効いてしまうというか、訴求はしてしまうのかもしれないですけれども、それが本当に行動変容とか、本当に加害というものに向き合うような思考を促すかというと、違いますよね。」

堀川さん
「今日の1回の講座もそうですけれども、私もですが、やっぱり教育というのは、1回聞いて全部が分かるという方はなかなかいない。もちろんそういう方もいらっしゃるかもしれないですし、わかってもらえるように伝えるのが教育者側の責任でもあるんですけれども、何回も繰り返し考えていって、腹落ちしていくということが多分重要なんです。でも、広告として瞬発力が試されるものが多いんだなということを、今日見ていて感じました。そこにはすごく人に影響を与えるものという共通性がありつつも、1回しか見てもらえないかもしれないので、1回でわからせる工夫として、わかりやすい記号になるジェンダーを使うというのが、伝えるための道具として適当だと思われているんだなとすごく感じました。」

小林さん
「そうですね。いろんな表現を見て、書く仕事をしてきているのですが、全てが良くないとか、否定するとか、そういうことではないんです。いろんな要素があるから、表現として成り立つことを踏まえた上で、それで伝えられていることと、そうじゃないことを切り分けながら、分析することはすごく大事なことだと思っています。それが多分、私が学校教育というところで、もうちょっと必要なことなのじゃないかなと思うことなんですね。」

堀川さん
「実際、その性教育の話に引き付けると、(ジェンダー表現が内包されているものとして)こういう広告もそうですし、例えば映画のポスターもありますよね。どういうことが思い込みとしてあるかと分析すると、子どもたちと一緒に考えるような教育実践にもなるんじゃないでしょうか。良い悪いではなくて、ちゃんと見てみて、広告やポスターにはこういうことが意図して描かれているということを考えるだけでも、私たちのジェンダー観が磨かれるのかなと思ったりしました。」

小林さん
「そうそう、そういうことを(私の)本で書いていたりしています。私たちの価値観の形成がどうなっているのかという問いがあって、初めてその先を考えていけると思っています。私の本の中の、「男らしさ」はどこから来たのかというのは、今日、話してきた広告やCMの表現はどこから来たのかという問いでもあるのです。堀川さんと対話した中でもありましたが、やっぱりどこへ行くのかということを考えるために、どこから来たのかを考えることが必要なんです。」

堀川さん
「ありがとうございます。まだお読みになられていない方もおられると思うんですけれども、私も自分が関わったから言っているわけではなくて、それも多少あるかもしれませんけれども、学生さんにすすめても、評判がとてもいい本でもあります。広告にあまり関心がないんだけれども、ジェンダーに関心があるという方にすすめると、ジェンダーと広告を両側面から掛け合わせることで、こんな面白い見方ができるんだなという、初めの一歩にすごく適した本だと思います。」

小林さん
「ありがとうございます。」

堀川さん
「初めの一歩だけではなくて、読み慣れている方が見ても、新しい発見がある本かなと思っております。個人的にこの4章の話と、3章、4章の話が好きです。もし読まれる方がいたら他のも面白いんですけれども、3章、4章、面白いですよと、おすすめしたいと思います。」

〈参加者からの質問を堀川さんと小林さんにメモでお渡ししました。〉

堀川さん
「せっかくですので、皆様からいただいた質問に、答えさせていただきたいと思います。まず先ほどの、私の講座に関する質問からお答えしたいと思います。最後にフェミニズムの話に触れたところで、私の引用について、十分じゃないところがありました。「フェミニズムにとって脅威ではない」というところですが、主語が抜けていましたの。何が脅威では何かというと、男性が脅威ではないということです。先ほど話したように、性差別をする人、性差別自体が脅威であって、男性は脅威ではないということをベル・フックスは言っています。私自身も初めてジェンダー論、フェミニズム論を見たときに、自分のことを、自分の加害性も含めて、見直したい、考え直さなきゃと思ったのですが、やっぱりどうしても居心地の悪さというか、あなたはお呼びじゃないよと言われているような気がしました。それは仕方がないことなのかなと思いながら、ベル・フックスのコメントを見て、そうかと思いました。男性ということで下駄を履いてきたところもたくさんあるので、自分自身の立場を見直しながら、どう向き合っていかなきゃいけないのかを考えるんです。そういう意味で、このフェミニズムにとって脅威なのは、性差別そのものであるということを補足させていただきます。」

※詳しくは東京都人権プラザYou Tubeチャンネル「令和7年度第4回人権問題都民講座 「ジェンダーから多様性社会を見つめなおす -「男らしさ」から解き放たれた人間関係のための3つのポイント」をご覧ください。

堀川さん
「次の質問はぜひ小林さんにも聞いてみたいですね。「エロを話すのが好きなんですが、エロを話したい人同士にすることや、排他的な言動をしないのが前提として、どういったことに気をつけて話していけばいいでしょうか?」というご質問です。私が思うのは、多分こういう場面(大勢の人がいる場面)でいきなりエロの話をすると、もちろん嫌な人もいると思うので、大勢の人の前でいきなりするということではないと思ったりします。仲の良い中でも、エロい話が好きだとしても、今日はしたくないと時もあるじゃないですか。気乗りしない時もあると思います。そういう時に話の文脈の中で「今しても良いか?」という確認は、最低限必要なのかなと思ったりします。」

小林さん
「そうですね。」

ほりかわしゅうへいさんとこばやしみかさん​ (左:堀川修平さん 右:小林美香さん)

堀川さん
「バカとエロの大縄跳びの話にもなりますよね。」

小林さん
「だから、こういう話を前提として知った上で、相手に確認を取って、話していいか確認する方がいいと思うんですよね。」

堀川さん
「いわゆる同意とか、合意という言葉も最近よく言われますけれども、相手とちゃんと対話をしながら、「いつも、していいと言ってるから今日もいいよね」じゃなくて、今日、今、この時点で「していい?」ということは確認することが必要かなと思います。」

堀川さん
「次の質問ですが、今日さっき、某医薬品DのCMを見て、私もすごく思ったことなんですね。「いわゆる有害な男らしさと呼ばれるものに対して、そこから解放されることにおいて、本来男性が主体となって行うべきものなのに、女性がサポートされられる負担との向き合い方についてどう思いますか。」という質問ですね。解放されるプロセスにおいて、どう変わっていくのか、解放する主体が頑張るのが前提だと思うんです。けれども、それを毎回毎回、例えば、女性がサポートしなきゃいけないというのはどうなのか、という質問だと思うんですよね。「負担」という言葉で質問者の方は表されていますけれども、今日の性教育の話で言いますと、そもそもカリキュラムの問題でもあると思います。学校教育というものは好き勝手やっていいわけではなくて、国の中でこういうことは最低限どの学校でも学べるようにするというのが、カリキュラムと呼ばれるものです。その中に男子が自分のことを考える時間が、そもそも組み込まれていなかったりするわけです。その中で、私もそうですし、皆さんもそうかもしれませんが、大人になっている方がたくさんいるんですね。子どもにどうサポートするのか、今からカリキュラムをどう変えていくのかは、時間的に間に合うかもしれません。でも、それを教える大人自体が分かっていなかったりするので、大人の学びに関しては、性別問わずに、これは問題ですよねと言える方が言っていくことも必要なのかなと思ったりもします。」

小林さん
「そうですね。だから、大人こそ学び、変わる可能性にちゃんと諦めずに向き合うことが大事ですね。」

堀川さん
「某医薬品DのCMを見ていたら、まだそんなことをやっているのか、もー、と思ったりする方もいるかもしれない。]

小林さん
「あのCMは2024年ぐらいだったと思います。」

堀川さん
「企業からすると売れないのが一番困るわけじゃないですか。企業からすると、これじゃ買えません、売れませんよという意思表明が、社会全体がどんな表現の仕方なら受け止められるのかを考える発信にはなるのかなと、ちょっと思ったりもします。これも世代や時代によっても変わるのかなと思いました。」

堀川さん
「次の質問は、ぜひ皆さんにも考えていただきたい。「若い頃と比べたら、ジェンダーや多様性がメディアで取り上げられる機会が増えて、社会的には少しずつ変化していると思いますが、一番遅れているのが旧態依然として、政治、特に政権与党だと思います。選択的夫婦別姓や同性婚、外国人政策などに顕著です。世代交代しない限り、まだまだ変化するには時間がかかるのでしょうか」という質問ですが、皆さんどうお考えになりますか。私自身は時間がかかるとは思います。そのかかる時間をいかに短くするかというところに、教育も関わっているのかなと思います。ある意味、教育には即効性はないと言います。教育に即効性があると怖いですから、洗脳に近くなって怖いですから、もっと時間をかけながら、やっぱりこの方向に歩んでいくのがいいはずと、確かめるのが教育だと思うので、その確かめ算をしていくのに時間がかかることはあります。確かめないと、とんでもないところに行っちゃうかもしれないんです。でも、確かめるがゆえに、最短に行けるかもしれないと考えると、今から始めないともっとかかるだろうなと思います。」

小林さん
「だから私は自民党の議員さんの研修とかしたいですね。」

堀川さん
「今日、お知り合いの方もいらっしゃるかもしれませんけれども、今日聞いて、ぜひ知り合いに聞いてみようと思う方がいらっしゃったらいいなと思います。」

小林さん
「ぜひぜひ関係する方がいらっしゃったら、繋いでいただきたい。本当に、そういうマジョリティとされる何かを形成する、軸に働きかけるということを、諦めずにすることは必要だと思います。」

堀川さん
「今日のお話で十分にできなかったところですが、性の話と政治の話は切っても切り離せないのということが、すごく大切なポイントです。昨今、「少子化」対策として私たちの身体を管理しようとする施策が「プレコンセプションケア」という名のもとで行われてきていますし、いろんなところで、今日扱い切れなかったテーマもあると思います。至らなかったところもたくさんあると思いますが、今日は初めの一歩にしていただいて、ご関心のあるところから学びを深めていただく、あるいは学びの糧にしていただければなと思います。」

司会
「堀川様、小林様ありがとうございました。以上をもちまして、本日のすべてのプログラムは終了となります。」

 

 

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